Đề thi luyện kỹ năng Đọc hiểu - JLPT N1

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読解
問題1 次の文章を読んで、文章全体の内容を考えて、以下の中に入る最もよいものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。

お知らせ

文化活動支援のための助成金申請申込みの詳細をお知らせ致します。

★申請資格者: 日本の伝統芸能の研究あるいは普及に努めている非営利の団体

★申請期間: 2011年10月1日から31日(消印可能)

★申込み方法: 申請書類はホームページより印刷し、必要事項を記入し、添付書類を同封の上、下記住所にお申し込みください。

★添付書類: 団体の10年度を含む過去2年間の活動、会計報告書、及び次年度事業計画書。

1.

次のうち助成金を申請できるのはどれか。

   夜の時間に行う野球そのほかの試合を「ナイター」と言っている。「デーゲーム」に対して「ナイトゲーム」といういい方も最近よく聞くが、「試合」のことを平気で「ゲーム」というようになったのは比較的最近のことではなかろうか。それまでは「ゲーム」というと子供の遊びというニュアンスが強かった。だから、真剣勝負の気合で臨む試合に対して「ゲーム」という言葉を使うのは抵抗があったことだろう。

2.

「ゲーム」という言葉について、筆者はどう考えているか。

   脳とコンピューターが似ているのは、いずれも計算や記憶ができるからだ、と思っている人がいます。しかし、計算や記憶をするのはあくまでも脳であって、コンピューターはパソコンやメモ用紙のような道具に過ぎないのです。両者が似ているのは、その基本的な仕組みです。

   脳の主役は神経細胞ですが、その細胞からは細くて長い神経線維という糸が出ています。そして、その神経細胞の先端は別の神経細胞に接触するという形で、次々とつながってゆきます。その接触するところをしナップスとよんでいます。つまり、脳は神経細胞またはシナップスを結び目とした巨大な神経網ということができます。その点が、多数の素子が配線で結ばれているコンピューターと似ているのです。

3.

脳とコンピューターの似ているところはどこか。

   子供の成長のために、母親の愛はかけがえのないものである。身近に自分を保護してくれるもの(母親)がいるという安心感にささえられていてこそ、子供は、正常な成長をとげることができる。

   母親が、何らかの事故でいなくなってしまったサルの場合、子ザルはかなり大きくなっても、ほとんど動こうとせず、仲間にもうちとけていくことができない。したがって、母ザルの愛を欠いた子ザルは、群れ(社刽)の正常なメンバーとなることは難しい。

4.

母ザルの愛を欠いた子ザルは、どうして群れの正常なメンバーになることができないのか。

問題2 次の(1)から(5)の文章を読んで、後の問いに対する答えとして最もよいものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。

   以前、花見をしているときに「桜の花は本当にきれいな正五角形(注1) だね」と言ったら、風情のない人だと笑われたことがあった。確かに、桜の花びらには微妙な色合いや形、そして香りに加えて、散りゆく美しさがある。花を()でる和歌や俳句は数限りないが、そのなかに「正五角形」という言葉が使われたことはおそらく一度もないであろう。科学者特有の美意識は、風流とはかなり異質なものなのだと悟った。

   科学において本質以外を切り捨てるためには、大胆な抽象化と理想化が必要である。桜の花びらのたくさんの特徴の中から、「正五角形」という形だけを取り出すこと。これが抽象化である。実際に数学的な意味で安全な正五角形を示す花びらは少ないだろうが、そこにはあまりこだわらない。これが理想化である。

   自然界で正五角形のような対称性を示すためには、必ず規則的な法則があるはずである。花の場合、品種によって花弁(かべん)(注2) の回転対称性が遺伝子で決定されていることは間違いないから、うまくこの遺伝子を突き止められれば、花の形を決める普遍的な法則が見つかるに違いない。このように、抽象化と理想化によって自然現象は単純に整理でき、普遍的な法則を見つける助けになる。

(注1)正五角形:五つの辺の長さが等しい五角形

(注2)花弁(かべん):花びら

1.

筆者は、自分が笑われた原因はどこにあると考えているか。

2.

ここでの理想化とは何か。

3.

筆者の考えによると、花の場合、抽象化と理想化によって何が期待されるか。

   行列にもいろいろある。そして、行列は、私たちの生活に必要なものでもあり、重宝なものでもある。電車の切符を買うとき、スーパーのレジで、銀行のカードで金の出し入れをする自動の機械、あれは何と言うのだろうか、あの機械を使うとき、タクシー乗場やバスの停留所で、私たちは行列するが、あれは私たちの社会生活のルールであり、当然である。

   けれども、回転ずしの空席待ちの行列などには、他ではいけないの、と言いたくなる。食べ物屋には、よく行列ができる。うまい店だからであろう。だが、そういう行列を見ると私は、他にもうまい店は、たくさんあるのに、と思い、①ズレを感じる。そう言えば、以前、青山五丁目の小さなパン屋に、何日間ぐらいだっただろうか、パンを買う人の長い行列ができたことがあった。パンが焼き上がる時刻が近づくと、数十メートルの行列ができる。親に、学校の帰りに買って来い、と言われたのであろう、ランドセルを背負った子供も並んでいた。

   ところが、その行列は、間もなく消滅した( ② )。行列のなくなってから、私ためしにその店のパンを買って食ってみたが、うまいパンであった。だが、他の店のパンもうまい。行列してまで入れなければならないほどのものとは思われなかったあのような、瞬間的流行のような行列もある。

1.

ズレを感じるとは筆者のどのような気持ちを表しているのか。

2.

( ② )に入る文はどれか。

3.

筆者は文中で行列を 2 種類に分けている。その分け方として正しいものはどれか。

   最近はテレビのコマーシャルにクラシック音楽が盛んに登場して、 しかもそれが驚くほど新鮮な魅力を持っていたりする。しかし、 こうしたことがすぐに ①クラシック音楽の普及につながるなどと考えない方がいいだろう。

   クラシック音楽は難しいという人は結構多い。彼らが口をそろえて言うのは、 曲が長くて途中で退屈してしまう、 暗く()ざされたコンサート会場で長時間物音(ものおと)ひとつ立てずにじっと座っているのは苦痛だ、 ということだ。 このことは、 つまりクラシック音楽というのは、 長い曲を聴き通すこと、それも何かをしながらではなく集中して曲全体を聴き通すことであり、 旋律(せんりつ)やリズムや音響(おんきょう)といった現象的(げんしょうてき)な快楽にとどまらない、 総合的でドラマティックな体験であるということを示している。もちろん細部(さいぶ)が全体に劣るわけではないだが、 ②曲全体という世界の中に位置づけられることで、細部は、 それだけで存在する以上の意味を持つことができる

   しかし、 コマーシャルの15秒のクラシック音楽は、 そういう体験にはほど遠い。 それはたしかに作品の一部には違いないが、 その向こうに作品全体を暗示(あんじ)することのない、 むしろ作品という根から切り離された、 個別的()快楽(かいらく)的な現象である。 だから、 コマーシャルにクラシック音楽が続々と登場し、 それが感動を誘っているとしても、 かならずしもそれで人々が容易にクラシック音楽に(みちび)かれるとは考えないほうが良い。ともかく、 こうしたことは音楽の受け止め方が変質(へんしつ)しつつあることを示しているのではないだろうか。

( 岡田敦子「 永遠は瞬間のなかに」品社による)

1.

①「 クラシック音楽の普及につながるなどと考えない方がいい」 と筆者が考える理由は何か。

2.

②「 曲全体という世界の中に位置づけられることで、細部(さいぶ)は、 それだけで存在する以上意味を持つことができる とあるが、 どういうことか。

3.

クラシック音楽について、 筆者の考えに近いものはどれか。

問題3 次の文章を読んで、質問に答えなさい。答えは、1・2・3・4から最もよいものを一つえらびなさい。

    2007 年、あらゆる組織や臓器に変化する可能性を持つ人工多能性幹細胞、いわゆるiPS細胞の培養に日本人の山中伸弥(しんや)教授が成功しました。この画期的なニュースが世界中を駆け巡ったとき、多くの患者たちに希望の灯がともされたことでしょう。この技術が確立されれば目分の体から新しい臓器を作ることが可能になります。他人の臓器移値を侍っている間に亡くなる患者を救うことができるばかりでなく、移植後の驪器との不適合から引き起こされる様々な障害をー掃することもできます。現在の医学では治療不可能なALS(注1)(筋萎縮性側索硬化症(きんいしゅくせいそくさくこうかしょう))なども治療できるでしょう。 そして誰もが再生医療を受けられれば、人類は健康を維持でき、更に寿命を伸ばすことさえできるてしょう。まさに夢の医療なのてす。


   この研究はまだ緒に就いてさほど経っていません。熾烈な開発競争が世界中の研究で行われているとはいえ、実現にはまだまだ乗り越えなければならないことがたくさんあります。中でも一番の問題は安全性です。 iPS細胞は癌化しやすいという欠点を持っているのです。

   最新のニュースによると、日本の慶応大学のグループが猿を使った実験に世界で初めて成功したそうです。せき髄が傷ついて首から下全体が麻痺した猿に人間の皮膚を基に作り上げた。iPS細胞を移植して歩けるように回復させたのです。また、この実験では約3ヶ月の経過観察の間、iPS 細胞の癌化が起こらなかったそうです。この実験が注目されているのは人間と同じ霊長類である猿を使ったことと癌化が起きなかったことです。これで人間への応用に一歩近づいたと言えます。

   再生医療の面では希望となるiPS細胞ですが、倫理面での問題も(はら)んでいます。2010年、アメリカで 2 匹の父親マウスから子供を誕生させることに成功したそうです。どんな組職にも変化可能ですから、精子と卵子を生成することもできるわけです。この技術を応用すれば女同士あるいは男同士から子供を作ることも理論的には可能になります。抆術的面からすぐに①どうこうというわけではありませんが、将来危惧されることになるでしょう。

   また、特許の問題もあります。もし誰かに基本技術の特許が与えられたら、この分野での研究は止まってしまう恐れがあります。ノーベル化学賞受賞者の編み出したクロスカップリング(注2)という抆術は特許を申請しなかったからこそ、その後多くの研究者があとに続き、人類のために多くの新薬を作り出すことができたと言われています。iPS細胞基礎技術もそうあるべきだと考えます。研究を進ませ人類のために役立てて欲しいと思うからです。

( 注1)  ALS(筋萎縮性側索硬化症(きんいしゅくせいそくさくこうかしょう)): 全身の筋肉が衰えていく病気

( 注2) クロスカップリング: 異なる二つのものを結合させる化学反応

1.

どうこうとは何を指すか。

2.

最新のiPS細胞技術について述べているのはどれか。

3.

iPS細胞研究に障害があるとすればそれは何か。

4.

iPS細胞研究に対する著者の考えはどれか。 

   診察室でときどき、「この先、生きていても、これ以上いいことはなそうな気がする」「やりたいことはだいたいやってしまったので、ここで人生が終わってもまあまあ満足」という言葉を聞くことがある。それも、七十代、八十代の人の口からではなく、二十代や三十代の若い層からだ。(中略)

   おそらく彼らは、「何と何をやったから、もう自分の人生に悔いはない」と具体的な決意を述たいのではなく、「なんとなく楽しい時期はもうすぎてしまった」という気分を表現したいだけなのだろう。(中略)

   では、この「終わった」という感覚はどこからやって来るのか。おそらく原因には個人的な要素が強いものと社会的な要素が強いもの、ふたつが考えられるだろ、まず個人的なほうだが、いまの若い人たちには「楽しいのは十代のうちだけ」という価値娊が広がっているように思える。最近、フィギュアスケートやゴルフなどで注目を集めた選手は十代。繁華街にあるファッションビルでいちばん元気がいいのも、十代をターゲットにした商品が扱われているショップだ。逆に「おとなにならなければできないこと」は減り、お金さえあれば、十代が高級な寿司屋やレストランに出入りしても、誰にも文句は言われない。そういう状況にあって、「ハタチを過ぎれば、もう楽しいことはない」と考えろ人が増えてもおかしくない。

   しかし、若い人の「終わった」という感覚の背景には、もっと社会的な要因もあるのではないだるうか。すなわち、高度経済成長期や文化の爛熟助などを過ぎて、バブル崩壊後の長期不況を軽た現在、日本全体に「楽しい時期は終わった」という感覚が広まっているのではないか。冷蔵庫やクーラーもまだなく、誰もが物質的な豊かさが心の豊かさに通じる、と信じて疑わなかった昭和の時代を懐かしむ映画やドラマが盛んに作られていることからも、多くの人が「昔のほうが今より楽しかった」と思っているという雰囲気が伝わってくる。リアルタイムで昭和の時代を経験していない今の十代でさえ、「どうやら元気のいい時代は終わったらしい」と感じているのではないだろうか。

   あえて言えば、「もういいことはない」と言っている人が年をとったのではなく、その人がいる社会自体が年をとった、ということなのかもしれない。社会や国にも年齢があるのかどうか。についてはいろいろな議論もあるだろうが、「途上国」から「成長国」、そして「安定国」へ、という国の歩んできたプロセスは、人間のライフコースになぞらえることができる。(中略)いまさら経済力を高め、他国との競争に勝ってさらなる豊かさを追求するよりも、”よい若いか”を模索して実行し、後に続く国の手本になる方が得策だと思うのだが、そういう声もなかなか大きくならない。「美しい国へ」が「美しく老いる国へ」と方向転換できれば、「もう楽しいことはないから希望もない」という若者の虚無感もむしろ軽くなるのではないだろうか。 

(香山リカ「悩み」の正体 』岩波書店よる)

1.

若い人たちが「終わった」という感覚を持つ個人的要因として、本文の内容と合うのどれか。

2.

若い人たちが「終わった」という感覚を持つ社会的要因として、本文の内容と合うのはどれか。

3.

社会自体が年をとったとあるが、それはどのような状態か。

4.

筆者は、日本がこれからどうあるべきだと述べているか。

問題4 次の(1)から(3)の文章を読んで、後の問いに対する答えとして最もよいものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。
A

   マンガやアニメ、ゲームは今や日本の代表的文化であり、その資料は歴史的に貴重な文化財であるにもかかわらず、きちんと保存されてこなかった。ごく最近まで、アニメのセル画やマンガの原画はゴミ同様に廃棄されていた。保存すべきだという意識が制作者にも周囲にもなかった。一方、海外では、このような日本のアニメのセル画を収集し、大切に保存しているコレクターがいる。その展覧会も開かれたほどだ。このままでは日本で生まれ、発展した文化が海外に流出し、日本で研究できなくなるおそれがある。

   したがってこれらの資料を保存し、今後、アニメやマンガに関する幅広(はばひろ)い研究や分析を可能にする施設を建設することが求められる。

   このような施設は、収集・保存や研究活動を安定して行うためにも、経済状況に左右される民間より、国による設置が望ましいと考える。

B

   マンガやアニメはもともと一般の人々の中から生まれ育ってきたものである。その陰にはマンガ界をリードしてきた先人(せんじん)が、若い才能に目をかけて育ててきた歴史がある。こうした民間の中で発展した文化を尊重する気持ちを忘れてはいけない。

   国がマンガやアニメのためにお金を出すことには大いに賛成だが、それなら、たとえば、アニメーターやマンガ家志望の若者を格安(かくやす)で住まわせるアトリエのような住居を提供し、次代を(にな)う才能を育てるというのはどうか。新しい施設を建設するよりずっと安くできる。

   そのほか、メディア芸術祭の賞金を増やし、受賞者に生活費の心配をせず一年間思い切り作品作りに打ちこんでもらうとか、若い芸術家を海外に派遣する制度を拡充(かくじゅう)するとか、やるべきことはたくさんある。

1.

AとBのどちらにも触れられている内容はどれか。

2.

Aの意見とBの意見で、一番違っている点はなにか。

3.

アニメのセル画やマンガの原画が保存されてこなかった理由は何か。