Đề thi luyện kỹ năng Đọc hiểu - JLPT N1

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読解
問題1 次の文章を読んで、文章全体の内容を考えて、以下の中に入る最もよいものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。

   新しい医療機器の開発には、新しい発想が不可欠です。それは現場の医師の声であったり。僕たち技術屋の持つ創造性であったりします。どちらが欠けても革新的な機器は生まれないのですが、エンジニアは医療の分野ではあくまで素人で、その機器に必要なものを真に知っているのは使用者である医師たちだ、ということを常に心に置くようにしなければなりません。うちの会社では、図面を作る人が直接医師とコンタクトをとり、必ず現場も見せてもらうという形をとっています。現実に根差した、ごく実用的なひらめき、発想力が求められる仕事といえます。

1.

筆者によると、エンジニアの発想とはどのようなものか。

   話しかけるタイミングの悪い人が増えた。彼らは呼吸が上手(うま)くつかめないのである。私は、これはネット社会の影響だろうと考えている。

   電子メールは便利である。メールのお(かげ)でビジネス関連の時間、特に伝達事項にかける時間が随分短縮(ずいぶんたんしゅく)された。こちらは、時間の余裕のある時にメールを書けばよい。相手も時間の余裕のあるときに読めばよい。自分の都合、相手の都合、双方(そうほう)に利益があるのである。

   これを繰り返しているぶんには、相手の都合を考えなくてもよいのである。自分の都合のいい時に「伝達」が済んでしまう。ということは、相手の様子を読むトレーニングを()まなくなる。相手の呼吸に合わせるという感覚がなくなっていくのである。

(竹内一郎「人は見た目が9割 」新潮社)

「俺は料理が得意なんだ」

   と自慢げに語る男性の頭に、素材の値段やかかる時間、そして誰が後片付けをするか、などという問題は存在しません。あくまで趣味なのですから、高価な肉や滅多に使わない香辛料を駆使し、無駄をいっぱい出しながら料理をするのです。そして使い散らかされた道具を洗うのは、奥さんだったりする。

3.

筆者は男性の料理をどう思っているか。

   価値の多様性(たようせい)ということが、最近よく言われるようになった。生き方が多様になっただけ、価値観の方も多様になってきた、というのであるが、()たしてそうだろうか。

   教育の「実状(じつじょう)(注1)」を考えてみると、日本人すべてが、「勉強のできる子はえらい」という、一様(いちよう)な価値観に()まってしまっている、と言えないだろうか。親は子どもの点数のみ序列(じょれつ)のみを評価の対象にする。少しでもよい点をとってきて、すこしでも上位に(くらい)(注2)する子は「よい子」なのである。教師も親ほどではないにしても、それに近いであろう。

                                                                     (河合隼雄『子どもと学校 』岩波書店)

(注1) 実状(じつじょう):実際の状況

(注2) (くらい)する:その位置にいる

4.

筆者の考えとして正しいものはどれか。

問題2 次の(1)から(5)の文章を読んで、後の問いに対する答えとして最もよいものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。

   日本では休暇が一時期に集中しているので、旅行業界にとって繁忙期は約 100 日間しかない。宿泊や日帰り旅行の費用年間約 23 兆円のうち、 繁忙期に 20 兆円が使われているそうだ。繁忙期は旅行行者が一斉に移動するので渋滞するし、予約も取りにくい。行楽地に行っても人込みで却って疲れてしまうほどだ。宿泊代やツアー代などの費用も通常期に比べ2倍以上になることも珍しくない。だから休暇の平均化が可能なら旅行者にとっても喜ばしいし、旅行者の増加に結びつき受け入れ側に利益をもたらす。また、飲食・旅行業界は時期の偏りがありすぎるので正社員率が30 % に満たないが、これが上向く可能性もある。分散による経済的効果は計り知れないので、現在政府内で検討中だ。

   フランスは 1964 年から国内を 3 分割して学校の冬と春の休暇を1週間ずつずらした。それが交通渋滞の解消と観光施設経営の安定化に役立っているそうだ。日本では旅行繁忙期はほとんどが国民の祝日と重なっていて、親子一緒に休める貴重な長めの休日となっている。しかし、国民の祝日は記念日なのでこれを地域ごとに変えることに異議がある。また、子ども達の休暇を移行した場合も年休が取りにくい日本では休暇の分散にそれほど効果は上がらないだろう。どのように休日の平均化を進めるか今知恵が試されている。

1.

通常期と繁忙期の差がないのはどれか。 

2.

休日分散による経済効果とあまり関係ないのはどれか。

3.

日本とフランスの休暇について述べているのはどれか。

   現代はインターネットの時代だ。世界中の多くの人々が恩恵を享受している。しかし少前までは、世界中に 10 億人いると言われている文字が読めない人や目に障害がある人は①その世界から除外されていた。 しかし、日本の全盲の女性研究者浅川智恵子が世界で初めてホームページの「読み上げソフト」を開発することでその壁を打ち破った。指定ポタンを押すだけでホームページが上から順に読み上げられていく。斜め読みや飛ばし読みもできる。おかげで多くの文字が読めない人が様々な情報を入手できるようなった。彼らにとって新しい世界が開かれたのである。このソフトが世界中にセンセーションを巻き起こしたのもうなずける。とはいえこのソフトも完璧ではない。インターネットの世界は日々変化を遂げ、画像などマウスを画面上の特定の箇所に持って行かなければ動かないタイプのホームページなどがあるが、そういうホームページにはまだ適応できていない。彼女はその解決策としてユーザーとボランティアが協力してホームページを改善する仕組みを立ち上げたり、ホームページを見て解析し、その内容を音声で教えてくれる「ささやきインターフェース」の研究を進めているらしい。大変困難な仕事であるが、決して諦めないだろうと思う。障害者でもある浅川は「誰もが能力を発揮できる社会」を目指しているからだ。

1.

その世界から除外されていたとはどういう意味か。

2.

ささやきインターフェースは何をしてくれるか。

3.

本文の内容とは違うのはどれか。

   中卒の 7 割、高卒の 5 割、大卒の3割の人が、就職後 3 年以内に会社を辞めてしまうそうだ。いわゆる「七五三問題」である。最近は就職氷河期が読いており、転職も難しく、今後もなかなか景気の回復は望めないからこの数値は少し下がる可龍性があるが、予断を許さない。なぜ若者は簡単に会社を辞めるのか。企業から言わせると最近の若音は我慢が足りない、若耆から言うとつまらなくて希望のない仕事は早ㄑ見切りをつけたほうがいいと言うことになる。昔から新入社員は我慢を強いれるつまらない仕事を(あて)がわれていた。それでも辞めなかったのは、今はつまらない仕事ばかリで給料も低いけれど、将来は責任がある仕事を任せて貰えるし給料が上がる希望があったからだ。今は先が見えないので、つまらない仕事を読けた果てにリストラでもされたらと考えるのかもしれない。しかしこの転職、余程実力があったりキャリアアップのためなら別だが、単に仕事が面白くないという理由なら反対だ。何度転職しても同じ結果に陥るからだ。また企業にとっても新卒の採用には費用がかかるので簡単に辞められては大損失だ。お互いのためにならない。宇生は自分身の価値観や志望動機を確立するペキだ。その上で特別な時以外3年間ぐらいは働きながら将来を考えてみるべきだと思う。

1.

就職氷河期が続くと、どうして数値が下がるのか。

2.

七五三問題」の原因でないのは何か。

3.

著者の短期の退職に対する考えはどれか。

問題3 次の文章を読んで、質問に答えなさい。答えは、1・2・3・4から最もよいものを一つえらびなさい。

   さて①現代を生きる人間が立ち向かうべきは、いったいどんな「自然」なのだろう。人間を生み、育てた原風景は間違いなくあの懐かしい生物的自然だ。この自然に人間は何百万年も生きてきた。けれどもその生物的自然は、残念ながらこの地球にはもう存在しない。その再生も不可能だ(ただし人間という生物がこの地上からいなくなれば、まもなく(ほう)(じょう)な生物的自然は再生してくるだろうが)。とすれば②人間的自然しかない。好むと好まざるとにかかわらず、人間は自分自身が創り上げた自然の中でしか生きていけない。けれどもそれは、人を現実から逃避させる情報的自然でも、限りある化石燃料に依存した工業的自然でもない。僕たちの相手は、結局農業的自然しかなぃと覚悟すべきだ。

   人間は自然(環境)の刺激により育つ。与えられる刺激は多様な程良い。何しろ人間のカラダには、何十億年という時間をかけて培われた莫大な潜在能力があるのだから。それを引き出すには、それだけたくさんの刺激が必要なはずだ。

   僕は人間が育つには、周りに色々な人間がいて、色々な事物が渦巻いていることが大切だと思っている。特定の人しかいず、特定の物しかなく、特定の事しか起きない世界は、③人間にとって貧しい

   でも今のこの国ではどこに行っても、④町や村はある特定の機能を押し付けられている。例えば僕の住む東京都下は、都心で働く人間のねぐらを提供するよう押し付けられている。

   農村部でも同じだ。そこでは大都市向けの農作物を作ることがまず要求される。しかもカボチャしか、大根しか作らないというようにはっきりと分業し合っている。そういう所で育つ子供たちは、白菜しか見たことがない、豚の鳴き声しか聞いたことがないという具合に、学ぶことが少ししかない。

   地域に与えられた特定の役割を打破することこそ、「地方分権」だと僕は思う。分権とは政治的権限が中央から地方に委譲されることだが、そのことは同時に、これまで中央や国家を支えるためだけだった地方が、何はともあれ自分自身を支えるためのものとして脱皮する、そんなものでなければ意味がない。ともあれ、「混在型の世界」でこそ人はよく育つと、僕は言いたいのである。

1.

同筆者は、①現代を生きる人間が立ち向かうべきは、いったいどんな「自然」だと考えているか。

2.

人間的自然とは、ここではどういうことか。

3.

筆者が考える③人間にとって貧しいとは、どういう意味か。

4.

町や村はある牲定の機熊を押し付けられているとあるが、それはなぜか。

   生老病死をなぜかみな嫌がります。できれば考えたくない。そこでどうするかというと、たとえば人間が生まれるのも特別なことだから、病院へ行ってくれというのです。そうして、お産は現在ほとんど病院で行われている。(中略)

   生老病死の最後の死ぬところですが、これも都会ではもう90% 、いや99% の人が病院で亡くなります。私の母は、95年の3月、自宅で死にましたが、いつの間にか死んでいました。しかし大半の人々は病院で死にます。このように死ぬ場所が病院に移ったのはここ25年の傾向で、急速にそうなりました。以前は半分以上が自宅で亡くなっていました。では、自宅で亡くなることと、病院で亡くなることの違いは何かーーー。 これは、我々が普通に暮らしている[  A ]の中に、[ B ]がなくなってしまったということなのです。だから、死が特別なことになった。そして特別なことは特別な場所で起こることになったのです。

   そんな現代は、 よくよく考えてみると、大変な異常事態なのです。生老病死というのは、人の本来の姿です。こっちが先で、何千年何万年も続いてきた間違いのないことなのです。都市よりも文明よりも何よりも先に生老病死があった。だから私はこれを「①自然」と呼ぶのです。人の一生は好きも嫌いもなく時期経過とともに変化していく。それが自然の姿なのだと私は思う。なのにいまは自然つまり本来の姿であるほうが異常になってしまった。

   かけがえのない未来を大切にしていない典型的な例をあげてみます。私は95年の3月に東大(注)をやめました。正式には94年の9月の教授会でやめることが決まりました。教授会のあと同僚の病院の先生が来られて、「先生、4月からどうなさいますかと話されるのです。「3月でおやめになるそうですね」「やめます」「4月からどうされるのですか」。これは、勤めはどうするのですかという質問です。私は「私は学生のときから東大の医学部しか行ったことがないので、やめたら自分がどんな気分になるかわかりません」と申し上げました。「やめてから先のことはやめてから考えます」と。するといきなり「そんなことで、よく不安になりませんな」と言うのです。思わず「先生も何かの病気でいつかお亡くなりになるはずですが、いつ何の病気でお亡くなりになるか教えてください」と言い返してしまいました。「そんなこと、わかるわけないでしょう」と言うなら、「それでよく不安になりませんな」と申し上げました。

   ここで②はっきりわかることがあります。特に東大のお医者さんです。大学病院ではしょっちゅう患者さんが亡くなるので、人が死ぬということが、自分の仕事の中にきちっと入っています。ところがそういうお医者さんが、自分が死ぬということに現実感を持っていない。自分が病気になって死ぬことよりは、勤めをやめたりやめなかったりする、そのことのほうがよほど重要なことだと思っているのです。

(注)東大:東京大学

1.

[ A ]  と [ B ] に入る言葉の組み合わせはどれか。

2.

筆者が①自然と考えるものはどれか。

3.

筆者は、どんなことが②はっきりわかると言っているのか。

4.

筆者の考えに最も近いものはどれか。

問題4 次の(1)から(3)の文章を読んで、後の問いに対する答えとして最もよいものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。

A

乳幼児期の子どもは、身近な人とのかかわりあい、そして遊びのなどの実体験を重ねることによって人間関係を築き、心と身体を成長させます。ところが乳幼児期からのメディア(注1)清けの生活では、外遊びの機会を奪い、人とのかなわり保験の不足を招きます。実際、運動不足、睡眠不足そして、コンミュニケーション能力の低下などを生じさせ、その結果、心身の発達の遅れや(ゆが)みが生じた事例が臨床(りんしょう)の場(注2)から報告されています。このようなメディアの弊害は、ごく一部の影響を受けやすい個々の子どもの問題としてではなく、メディアが子ども全体に及ぼす影響の甚大さの警鐘と私たちはとらえています。特に象微機能(注3)が未熟な2歳以下の子どもや、発達に問題のある子どものテレビ画面への早期接触や長時間化は、息子が顔をあわせ一緒に遊ぶ時間を奪い、言葉や心の発達を妨げます。

(社団法人日本小児科医会

B

専門家からは「テレビをやめて積極的に外遊びをしましょう」「自然の中で遊びましょう意見が聞かれますが、お母さんたちは進んでテレビを見せているのではなく、地域に出ても同世代の子どもがいない、昔と比べて自然がなくなった、という問題もあるのだと思います。(中略)多くの親は、テレビの長時間視聴がよくないことを自覚しており、見せる内容にも気を遣ってす。生活の中からテレビを排除するだけではなく、一日に六時間も七時間も子どもにテレビを見せる親の背景に何があるのかを考えなければ、問題の根本的な解決にはならないのです。

したがって、私たちの生活スタイルと、子どもにとって望ましいテレビ視聴のあり方のバランスをとりながら、これらの検証を進める必要があるのではないでしょうか。

(小西行郎「早期教育と脳」による)

(注1)メディア:ここでは、テレビやビデオ

(注2)臨床(りんしょう)の場:実際の診察、治療の現場

(注3)象徴機能:ここでは、身の回りのものを、例えば言葉などで表す働き

1.

子どもにテレビを長時間見せることについて、AとBの観点はどのようなものか。

2.

子どもとテレビの関係について、AとBはどのように述べているか。